我が家ではバレーボールをよく見る。大阪にいた頃よくVリーグの松下電器のゲームをライブで観戦した。
今日まで開催されていた世界バレーも、休日の日本戦はほとんど見ていた。(何のために毎回アイドルが出てくるのか、バレー選手のテレビへの露出度が高すぎるとかとかそんなことはちょっと置いておく。)
とりあげたいのは男子バレーの山本選手(松下電器所属)。あれはアテネ五輪の最終予選。大型の左のアタッカーとして期待され、端正なマスクで人気絶頂の頃。期待にこたえることができず、ゲーム中いいプレイができないと不満げな顔。精神的な弱さを思いっきり露呈していたあの選手である。
全日本男子は24年ぶりにベスト8進出し、少し強くなったのかな、と感じさせた。山本もかなり活躍、勝負どころで頼りになるエースとしてスパイクを連発。結局8位に終わったけれど、山本選手の顔、そぶり、態度、そしてプレイぶりに精神的な成長を感じた。以前はあんなに喜びを表に出さなかったし、他人をほめたり励ましたりもなかった。
あの頃は世界レベルで通じるポイントゲッターは山本しかいなかった。が、今回は山本以外にも、若手のアタッカーや、センターラインの成長、そしてベテランの奮起などがあり、そこそこやれる陣容になった。マークが減った分山本もその実力を出せるようになったし、セッターもここ一番で山本を使えるようになった。
いっしょに戦える同士を得て、山本はとても楽しそうだった。楽しいというのは、別にゲラゲラ笑っているわけじゃない。日本は苦しいゲームばかりなので、ゲーム中厳しい表情も多い。しかし、世界を相手に少しは戦える仲間を得、世界レベルの強豪に自分の力を思いっきりぶつけることのできることを楽しんでいるように見えた。
自分や自分の属するチーム、組織の成長を感じることができるとき、そういうときにも人は楽しさを感じるものだ。そして成長とは自分の能力をフルに発揮しないと達成しないもの。自分の能力をフルに発揮するには、苦しいことのほうが多い。つまり苦しいことがないと自分の成長にはつながらない。そして苦しみをこえて得る楽しさは、簡単に得ることができるものじゃないし、反対に一度得ると2度と忘れることはできない。
山本選手もきっと苦しい試練を味わってきたと思う。だからこそ今バレーをすることが本当に楽しいではないかと思う。復活した山本選手。しかしながら、我々は今度は五輪への出場を期待する。また彼に苦しみを味あわせることになるだろう。それを乗り越えたとき、さらに楽しそうにプレイする彼を見ることができるような気がする。
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