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2006年5月29日 (月曜日)

スポーツシンポジウムに参加して #2

昨日参加したシンポジウムのレポートの続き。
第2部は横浜FC代表取締役奥寺康彦氏とジャーナリストの二宮清純氏の対談だった。

横浜FCの苦労話。彼らには決まった練習場所もないらしい。赤字を補填してくれるような親会社を持たない、J2のクラブの現実はこんなところ。同じくJ2のベルマーレも現在使用している練習場がまもなく契約切れとなり、次に利用する練習場はクラブハウスもないという。

また市や県の協力はそれなりに受けているようだが、行政の部署によって考え方や対応が異なることも多く、クラブ側としてはどこに聞きにいったらいいかわからない、どうしたらいいかもわからない、ということも多々あるようだ。二宮氏もたびたび発言していたが、行政、自治体の縄張り意識、縦割り構造の弊害が、スポーツの振興を妨げているのはどこも同じらしい。

二宮氏からは子供の遊び場がないというコメントが印象的だった。公園を作っても、危ないからキャッチボールもするな、サッカーもダメ、ゴルフの素振りもだめ、犬の散歩もだめ。結果公園に残ったのは浮浪者のおじさんだけ、なんて笑い話もあったが、公園を作った目的は果たして何だったんだろう。以前僕のブログにも書いたが、子供の遊ぶ場所は確実に減っている。そして子供の体力も落ちてきている。これは日本という国にとって本当に悲しいことだと思う。

何百兆円という借金を抱えた国が、一般会計のなかでスポーツ振興のための予算を組むのは難しいという話もあった。ドイツの例もあるように、地域密着のスポーツクラブをつくるにしても、行政の金銭的支援は必要なもの。しかし日本の財政事情の現実を考えると、お先真っ暗という気すらしてしまった。

スポーツに散々お世話になってきたものとして、今本当に何ができるかを考えさせれた、2人の対談だった。

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2006年5月28日 (日曜日)

スポーツシンポジウムに参加して

今日はお昼から都内で開催された「日本のスポーツの未来とクラブの役割」というスポーツシンポジウムに参加した。夕方からフットサルがあったので、最後のセッションを前に抜けてしまったが、それまでの2つのセッションの内容をレポートしたい。

基調講演「ドイツのクラブを取り巻く問題点と解決策」
               ~ギュンター・フランツェン
                      (ドイツオリンピックスポーツ連盟ドイツスポーツユーゲント副本部長)

フランツェン氏がドイツのスポーツクラブの現状や課題を講演してくれた。ドイツには日本で言うところの「統合型地域スポーツクラブ」というものが、全国に90,000以上ある。そして日本と違い、ドイツオリンピックスポーツ連盟を頂点とした、しっかりとした組織ができあがっていて、国はもちろん、州や地区、市町村、郡などからきっちりとしたサポートを受けている。

行政からのサポートを受けてはいるものも、基本的にはスポーツクラブは自立を求められている。管理、運営、指導などのスタッフのうち約40%が専従の(報酬をもらっている)スタッフだが、60%がボランティアによって成り立っている。また自立という点では、各クラブに存在する青少年分野にもあてはまるらしい。

財政面では、行政からの支援も当然ながら受けている。国際的な活動は国から、また指導者の養成・教育は州から財政的に支援される。スポーツ施設の提供も受けている。67.7%のクラブが市町村のスポーツ施設を使用し、内27.5%が施設を無料で利用している。そして青少年のための予算は、スポーツクラブに対するものと別枠で各市町村が設定しているらしい。

そもそもドイツでは、行政レベルでのスポーツに対する理解が深い。クラブの活躍が観光資源になること、市民の健康増進に寄与すること(医療費削減、医療施設の減少)、また青少年活動の活性化につとめ、共同体意識の開発に努めてくれていることなど、スポーツクラブの存在が市町村など行政にもメリットがあるという価値観が浸透しているのだ。

もちろん課題もある。やはりいちばんはクラブの財政的な問題。ボランティアの数の不足など人的リソースの問題。また会員数の確保などが紹介された。ただ基本的にはスポーツが市民の生活には必要という認識が、一般の人々のみならず市町村、行政など公的な機関も浸透しているため、スポーツクラブの課題が政治的な課題としてもとりあげられることだろう。とはいっても、制度設計の段階で日本とは大きな違いがある、これに尽きるような気もする。

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なお、ドイツのスポーツクラブに関しては、「Jリーグの挑戦とNFLの軌跡―スポーツ文化の創造とブランド・マネジメント」に詳しく掲載されている。

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2006年5月27日 (土曜日)

スポーツが僕にくれたもの #5

スポーツを支える

今まで僕のスポーツとのかかわりというのは、「スポーツを見る」か「スポーツをする」かだった。ところが昨年「スポーツを支える」という関わり方を体験することができた。

昨年1年間、ガンバ大阪のボランティアをした。
ガンバのホームゲームで、チケットのモギリをしたり、車椅子で観戦する方の案内をしたり、あるいはサテライトのゲームでの担架係やボールボーイ、ガンバやJリーグ主催のサッカースクールのサポートをしたり、と多くの経験をさせてもらった。

ガンバのゲームに一喜一憂する人、何とかトップチームでのゲーム出場にアピールする選手、知らないもの同士がサッカースクールを通してあっという間に友達になっていく小学生の姿、子供のプレイ姿に熱くなる両親の姿を見て、改めて「スポーツっていいな」って感じた。

このボランティア活動を通して、多くの人にスポーツを「観る機会」や「する機会」を提供することを仕事にしたいと強く思った。

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2006年5月26日 (金曜日)

即戦力より人間力

日経ビジネス、編集長インタビューから
富士ゼロックス相談役最高顧問  小林 陽太郎氏

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世界における日本の現状を憂いながら・・・
「リベラルアーツ、(人類の歴史、哲学、思想、倫理など)人として身につけておくべき深い教養というものが、今の日本ではものすごく軽視されていることが根本的な問題です。」

「経済も政治も学問も、非常に高いレベルにおいては哲学や倫理などを抜きにしたら一歩も進めなくなる。新しい時代への突破口はハウツーからは生まれませんよ。」

「リーダーっていうのは、ハウツーをいくら知っていても部下はついてこない。真の人間的厚みが人を魅了し、人を動かすんです。」

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ここ数年感じる、最後は人としての総合力だと。
例えば、ITエンジニアという仕事を考えてみた場合、ITスキルだけで問題、課題、テーマが解決できることなどわずかなことだろう。ユーザー、プロジェクトメンバー、上司、部下などとコミュニケーションを図る能力であったり、進捗状況を見極める能力だったり、ひいては自分の仕事の社会的な意義や影響を考えたり、あるいは倫理的な判断だったり、論理的な思考能力が求められたり、時にはムチャをおそれぬ行動力だったりする。

「人間力」なんて自分で考えたりするときは、だいたいうまくいかなかったことがあったときだ。僕はなんて薄っぺらい人間なんだろうと思うことばかりで、自分がなんて厚みのある人間なんだろうって思うことなんて一度もない。(そもそも自分が厚みのある人間だなんて思う人なんかいるのだろうか。それは他人が判断することのような気がする。)

今の僕にできること、それは自分の能力をフル回転させて考えては行動し、ダメであれば代替案を考えて、また行動し・・・ この繰り返ししかないような気がする。そしてこのサイクルを徐々に短くしていきたいと思っている。

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2006年5月24日 (水曜日)

ソーシャル・ブックマーク

僕の働くWEBがらみの業界では、「WEB2.0」なる言葉が大流行。
だけど業界外の人たちはどれくらい知っているのだろうか。ということで、自分の知人、友人などにアンケートをとってみた。WEB2.0やRSS、SNSという言葉を知ってますか、といった具合に。約20人から回答では、WEB2.0、RSSという言葉は1割くらいの人しか知らなかった。これが現実。そこでWEB業界で働く身として、インターネットの便利な使い方を知ってもらって、みんなの役に立てればと思い、インターネットのサービス、技術を紹介していきたいと思う。

というわけで初回は「ソーシャル・ブックマーク」。
マイクロソフトのインターネットエクスプローラ(以下、IE)。IEにも「お気に入り」というブックマーク機能がついている。多くの人が面白いサイト、いつも見るサイトをIEのお気に入りに登録すると思う。

だけどこのお気に入りって今使ってるパソコンにしか保存できない。自宅のパソコンのお気に入りに登録しても、例えば会社のパソコンでそのサイトを見ようと思ったら、もう一度Yahoo!とかGoogleでサイトを探して、会社のパソコンのIEにもお気に入りの登録をしないといけない。

このブラウザのブックマーク機能は、パソコンのハードディスクに保存されるから、上記のようなことが起こるのだが、ソーシャル・ブックマークというのは、保存先をパソコンのハードディスクではなく、WEB上のサーバに保存するというもの。つまり、このソーシャル・ブックマークに、自分のお気に入りサイトを登録しておけば、どこでどのパソコンを使おうとも、WEB上にブックマークがあるから、そのPCのIEのお気に入りに何も登録されていなくても、お気に入りのサイトをすぐに呼び出すことができるわけだ。Photo

このサービスの有名どころは、アメリカのサイトだど「del.icio.us」、日本だと「はてなブックマーク」。僕はプライベートでははてなブックマーク(左図)を使っている。いずれも簡単な会員登録をして、自分のスペースをもらってどんどんお気に入りサイトを登録していける。ブラウザのお気に入りに登録するような操作で、このソーシャル・ブックマークに登録する機能も提供されている。しかも無料。

またこれらのサイトは、自分のブックマークだけでなく、同じように会員登録している他人のブックマークを見ることもできる。さらに他人も登録しているというところがミソで、どのページがよく会員のなかで登録されているか、という切り口で見たりもできるので、ニュースサイトなどとは違う、隠れたおすすめ記事なども知ることができるわけだ。他にも「タグ」という機能もあるのだが、今日はここまで。

どこでも同じブックマークを見ることができるというのは意外に便利。みんなも一度利用してみればいかがでしょう。

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2006年5月21日 (日曜日)

スポーツが僕にくれたもの #4

大学で野球は終わった。就職は全然スポーツに関係のない会社だった。

社会人後のスポーツとのかかわり。

まず、「スポーツをする」。
手をつけたスポーツは草野球、ゴルフ、スキー、ボディボード、テニス、フットサル・・・。
続いているのはフットサル。大阪ではチームの立ち上げ、その後とりまとめ役もした。ただ自分が体を動かす機会を作りたいから、幹事役もすすんでやっていた。フットサルは、東京に来た今も、運よく続けることができている。小さい頃からどうしてもしたかったサッカーを27歳から始めることができ、そして34歳になった今も続いている。

とはいっても、打ち込む姿勢は大きく変わった。学生時代のように勝利のみを追い求めるようなことはなくなった。もちろん今でも負けると悔しくて仕方ないが、楽しむことがいちばんの目的になっている。

一方の「スポーツを見る」方では、特に印象に残るものを2つあげる。
まず一つが、'96年、野茂のいるドジャーズを見に1人でLAに行ったこと。観客席の9割以上が地元ファンで埋まる球場に、日本との大きな違いを感じた。もう一つが'02年サッカーW杯の決勝を生観戦。世界一の祭典の最高の舞台をライブで体験できてあれほど興奮したことはなかった。高額なチケット代をかけた価値がありました。

スポーツはテレビでもたくさん見ている。特にBS、CS、インターネットのおかげでスポーツの観戦方法に選択肢が増えてからは、世界のスポーツ(特に欧州サッカー)が中心になった。そして何より世界の舞台で活躍する日本人選手には、何度も心を熱くさせられた。そのたびに俺ももっとがんばらないと刺激をもらってきた。

仕事中心の生活のなかでスポーツはいつもカンフル剤になっていた。

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2006年5月20日 (土曜日)

Jヴィレッジに13,000人

ジーコJAPANがパニックになった!
ジーコ日本フィーバーが、パニックに発展した。サッカー日本代表は20日、福島県内のJヴィレッジで合宿3日目の練習を行った。初めての週末となったこの日は、過去最多の1万3000人もの観衆が殺到。

ちなみに同日開催のJ2のリーグ戦17節で、13,000人以上観客を集めることができたのは、仙台で開催された仙台vs草津戦のみ。他の4ゲームは1万人未満。
日曜日の明日、天気もよさそうなので、Jヴィレッジにはさらなる観客の増加が見込まれているという。日本サッカー界を支える「代表人気」の高さを改めて感じることができた。

そして、最近のW杯に関するTV番組を見ていて、不快に思うこと。
まず「サプライズ」選出と言われる巻の報道。ワイドショー的な番組に多いのだが、やたらと巻のことをヒーローようにもちあげること。僕自身巻は好きだし、期待もしているが、彼はまだ代表で結果も残していないし、きっと本番も先発で出場することはない。シンデレラボーイのようにとりあげるマスコミの意図を疑問に思うし、彼が選ばれたことで落選してしまった他の選手に対する敬意のかけらも感じることのできず、とても不快に思う。

またW杯メンバー選出の瞬間の各選手の映像が流れることもどうかと思う。マスコミからの依頼に応じる選手にも問題があるのだが、マスコミは、もし落選してしまったときはどう対処するつもりだったのだろう。何かドラマを作るつもりだったのだろうか。TVに出演させるとしても、せめて発表の結果が出てひと段落して選手の気持ちの整理が少しでもついてから出演させるべきなのではないだろうか。

普段からスポーツマスコミに対してでさえ、選手をリスペクトしない部分には不快感を感じるが、国民の注目度の高いイベントを前に、マスコミ全体が報道に関わるようになる。番組のためだけに選手がないがしろにされるケースも多くなってくるはずだ。サッカーの楽しさをより多くの人に理解してもらうためには、スポーツマスコミだけでなくワイドショー的な番組の力も必要なのかもしれない。ただ彼らマスコミの節度に期待するしかないことを歯がゆく思う。

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2006年5月18日 (木曜日)

スポーツをする人

朝日新聞の土曜特別版の記事に以前こんなのが出ていた。
(http://www.be.asahi.com/20060429/W17/20060421TBEH0010A.html)

「あなたはスポーツを見る派、それともする派ですか?」

  • 見る    68%
  • 見る・する 27%
  • する  5%

「スポーツを見ない、かつ、しない」を選択することができなかったのか、回答はなかった模様。

さて、この数字を見て少し驚いたのが、スポーツをする人の少なさ。「見る・する」と「する」をあわせて30%強。「スポーツをする」という定義に曖昧なところもあるのだが、いずれにしても全体の3割しか自分をスポーツをするとは考えていないそうだ。(ちなみに僕は「見る・する」派)

僕の体験からするとスポーツのいいところを知るために、いちばん効果的なのはスポーツを「する」こと。子供達の野球チームやサッカーチームはどの街に行ってもそこそこあるようなのだが、もっと大人もスポーツをするべきだと思う。スポーツをしない最大の原因は時間がない、忙しいとなるように思うが、他の大きな要因として、気軽にスポーツをする環境、仲間やチームがないというのもあげられるのではないだろうか。

「スポーツで日本を幸せにする」を目指すとすれば、同様のアンケートをとったときに、「見る・する」、「する」人の比率をもっとあげていくためにどうすればよいかを考えていかないといけないだろう。

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2006年5月15日 (月曜日)

メンバー発表

ジーコから、日本代表、23人が発表。

  • GK  土肥 洋一、川口 能活、楢崎 正剛
  • DF  田中 誠、宮本 恒靖、加地 亮、三都主 アレサンドロ、坪井 慶介
           中澤 佑二、駒野 友一、中田 浩二
  • MF  福西 崇史、小笠原 満男、小野 伸二、中田 英寿、中村 俊輔
           稲本 潤一、遠藤 保仁、
  • FW  玉田 圭司、柳沢 敦、高原 直泰、大黒 将志、巻 誠一郎

正直、不満も驚きもある。例えば、なぜ負傷中の柳沢を選出するのか、という不満。そして、久保と松井が外れたという驚き。

しかし、ジーコが選出した以上、このメンバーを僕たちは送り出さないといけない。初戦のオーストラリア戦は6/12。合宿と、親善試合2試合で、どれだけコンビネーションを熟成できるか、キリンカップで見せた不甲斐なさをどれだけ修正できるか、やってみなければわからないところだらけだが、世界最高の舞台でこの23人が最高のパフォーマンスを披露してくれることを願っている。

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2006年5月14日 (日曜日)

スポーツが僕にくれたもの #3

同志社大学に進学し、野球を続けた。
最初は硬式野球部に入った。その年の秋の神宮大会で日本一になったチーム。後にプロに進んだ人も2人いる。今までと違うレベルの高さにびびってしまい、2ヶ月で辞めてしまった。自分の精神的な弱さから辞めてしまったことで、とても落ち込んだ。

そんなときに弟が甲子園に出場。試合に出ることはなかったが、あの甲子園に立つ弟の姿を見て、また野球がやりたくなった。そして、1回生の夏から大学の準硬式野球部に入部。そして、この野球部ですばらしい経験をさせてもらう。

3、4回生の全国大会で2年連続日本一に。中学2年の正月の書初めで書いた「日本一」が実現した。マイナーな野球だけど、日本一なんて一度もなかったし、それを続けることができるなんて信じられなかった。ただ、一流の選手がいたわけではないけど、大学準硬式野球部のなかでいちばん練習したチームだったと自負はある。

そして日本一という事実よりも、野球が好きな仲間と真剣に4年間野球をやれたことを誇りに思う。特に野球バカの同級生達、彼ら7人、そして監督さんと野球をできたことは、どれだけ財産になっているかわからない。

ありがたいことに2年夏からゲームにもたくさん出させてもらい、最高学年の時には、副将をさせてもらった。小学校から大学まで主将か副将に就き、いやがうえでもチームのことを考える立場に立たせたもらえたことが、今仕事のなかでも役に立っている。

2連覇を目指していたチームが僕にとっての理想の組織だ。目標は「日本一をもう一度」。口にせずとも監督、部員全員が目標を意識し、勝利のためにどうすべきかを真剣に考えていた。練習中に4回生が1回生もやじられることもあった。ベクトルをあわせることがどれほど大切か、今だからこそよくわかる。

大学時代、それこそ野球中心の生活だったが、余りあるほどの体験、教訓をもらった4年間だった。

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2006年5月13日 (土曜日)

起業家精神

ジャック・ウェルチ わが経営(下) ジャック・ウェルチ わが経営(下)

著者:ジャック・ウェルチ,ジョン・A・バーン
販売元:日本経済新聞社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

2回目、読み終えた。

ジャック・ウェルチ。
情熱のかたまり。グローバルな超巨大企業のなかの起業家。
カネも人もあった企業のトップのできることと、例えばビル・ゲイツ、マイケル・デルやサーゲイ・ブリン、ラリー・ペイジ(ともにGoogle)らゼロから作りあげた彼らとを比較するのは難しいが、ジャック・ウェルチと他の面々の根底を流れる部分は、同じだろう。

ビジネスの世界で成功したい。

自分のすべきこと、やりたいことにずんずん進んでいく姿勢、あふれるバイタリティに頭が上がらない。そういう意味ではうちの会社の創設者2人も、ともに僕より年下だけれど、リスペクトしている。

一方で僕は。
会社に入って2ヶ月以上たったけど、まだまだ思考はサラリーマン。慣れないことも多かったし、入社最初のプロジェクトが佳境を迎えていることもあるのだが、仕事に追われている感じがする。

例えていうと、学生時代の野球部で、レギュラーで出場してるが、まだ一つ上の先輩がいるから、完全に主体的でなかった頃の気分。この練習をするぞって言われたら、後ろ向きな気持ちが出ていた頃の感じ。勝利のために必要なこと、行動、練習は何かを真剣に考えていた最高学年の頃の気持ちを、この本が改めて思い出させてくれた。

「日本をスポーツで幸せな国にする」
これが僕の根底にあるもの。最高学年の頃の気持ちで、今一度僕に何ができるのか、感が直したい。

ところで、来月、うちの会社にとって初めての直営となるフットサルコートが阿佐ヶ谷にオープンする。社長は、また一つ夢を実現させたわけだ。参ったな。
http://www.e-3lab.com/president/2006/05/post_16.html
(社長のブログより)

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2006年5月11日 (木曜日)

自信

ジャック・ウェルチ わが経営(上) Book ジャック・ウェルチ わが経営(上)

著者:ジャック・ウェルチ,ジョン・A・バーン,宮本 喜一
販売元:日本経済新聞社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

前にも一度読んだのだが、GWにたまたま自宅の本棚で手をとって再びはまってしまった。もうすぐ読み終わる。

最初に読んだときにも、気に入ったのでページの端を折っていた。2回目読んだときもやはり目が離せなかった。

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「自信」

(中略)
本物の自信だけが勝利を約束する。自信があるかどうかは、何ごとにもオープンな姿勢を保っているかどうか、言い換えれば変化を積極的に受け入れ、新しいアイデアをその出所にこだわることなく取り入れているかどうかで判定できる。

自信があふれた人たちは自分の考え方に批判や反論が向けられることを恐れない。アイデアを刺激し豊かにしてくれるような知的論争に喜んで加わる。
(中略)
自信がある人とは、自分を飾らないでいられる人のことだ、すなわちあるがままの自分が気に入っており、そのあるがままの姿をさらけ出すことを恐れない人だ。

どんな仕組みの中でどんな仕事をしていていも、「自分であること」を偽ってはならない。

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確かに批判や反論が向けられることは嫌だ。恥をかくのも嫌だし、失敗するのも嫌だ。

でもオープンでないがゆえに後悔したことも何度もある。
失敗を恐れ、失敗をしたあとの恥ずかしさを恐れて、自分をさらけ出すこともなく、何も起こらず、後から悔しい思いをしたことが何度あるだろう。

もっと自分の気持ちをぶつけること、外に出すこと。自分で行動を起こすこと、そういった行動の連続が、経験となり自信がついていく。自分をさらけ出すからこそ、周囲からも理解され、信頼を得ることもできる。

自分らしくあればいい。

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2006年5月 8日 (月曜日)

日本代表 サポーターズリング

Turu2 JFA公認サポーターズリングとメッセージ記入用の折り鶴。

昨日買い物から帰る途中の車のなかで、嫁さんからもらいました。LIVINに売っていたらしく、買ってくれたみたい。メッセージはまだ書いていないけど、とりあえずリングはずっとつけてる。
(公式ホームページ)

1個350円で、10万人くらい購入するのかな。いや100万人単位か。10万人なら3,500万円、10万人なら3億5000万円。経費がかかるとしても、1億こすくらいJFAに入るのなら、親善試合の1試合くらい開催できるのだろうな。JFAもうまいことやりますね。

さて、昨日でJ1も中断し、早速代表候補が合宿に。また欧州各国のリーグも多くは終了し、いよいよW杯モード。4年に一度のお祭りがまたやってくる。サポーターズリングをつけて、もちろん日本代表は心の底から応援するけど、グループリーグ突破はとても難しいと思っている。可能性が全くないとは言わないけど、厳しい相手ばかりだ。初戦のオーストラリア戦で負けたら、正直もうベスト16は厳しいだろうな。

8年前は初出場、4年前は自国開催と、日本で盛りあがる要素が多大にあったW杯だが、今回はどうなんだろう。世界の強豪が日本に来るわけではないし、日本戦は別として、テレビ放送も深夜がメイン。サッカー好きにはそんなことはお構いなしだが、そんなにサッカーに興味のない人の間では、どれだけ盛りあがるのだろうか。

3回目のW杯出場を控えて、サッカーがどれだけ日本人のなかに浸透したのかが、わかるだろう。我が家では、嫁さんが一つのバロメーターになる。隣で盛りあがる旦那を見て、彼女がどんな対応を見せるか、少し楽しみである。

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2006年5月 5日 (金曜日)

スポーツが僕にくれたもの #2

中学、高校6年間はともに野球部に所属していた。
どちらの野球部もとにかく弱かった。中学のときは地区大会(郡大会!)で1勝しただけで大喜びするようなチームだったし、高校のときは、結局夏の大会で校歌を一度も歌うことができなかった。甲子園を目指しているなんて、とても言えなかった。また、6年間、野球の技術を教えてもらうという視点では指導者にも恵まれなかった。(この時期に基本をしっかり教えてもらえなかったということは選手としては致命的なことだったのかもしれない。)

それでも中学のときは、同級生のなかに野球が本当に好きな友達が何人かいたので、真剣に野球のことを話していた。高校に行ったらお互い甲子園を目指そうとか、書初めに「日本一」って書いたりしていた。仲間と野球をすること自体はとても楽しかったが、勝利の女神って僕には縁のないものなんだろうなぁとずっと思っていた。

幸いにも中学では副キャプテン、高校ではキャプテンをさせてもらったし、高校では1年の秋からレギュラーをさせてもらった。練習メニューとか、チームのコンディションとか、わからないながらも自分で考えてやってきたことが、物事を全体から見るという力を養ってくれたのかもしれない。

部活動では野球ばかりだった一方で、スポーツをテレビで見ることも大好きだったので、他のスポーツもよく見ていた。

例えばサッカーだと、85年のトヨタカップ。プラティニ率いるユベントスが優勝したときだけど、プラティニを見て、こんな世界にはこんなすごい選手がいるんだと驚いた。そして86年のメキシコW杯。偶然朝早く目覚めてテレビをつけたら、マラドーナの5人抜きのゲームがやっていた。本当に目が覚めてしまった。

テニスを見るのも好きだった。ウィンブルドンとか。忘れられないゲームはアランチャ・サンチェスが、グランドスラム5連勝中だったグラフをファイナルでやぶり優勝した89年の全仏オープン。サンチェスって僕と同い年だった。当時17歳。かたやどこにでもいる高校生、かたや全仏のファイナリスト。かっこよくて、うらやましくて、むちゃくちゃ応援した。同い年としては初めて目にしたスポーツヒロイン(ヒーロー)にすごい思い入れをしてしまった。

ま、他のスポーツはともかく、野球を毎日することは当たり前っていう生活が続いていたわけです。

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2006年5月 4日 (木曜日)

子供の遊び場

朝日新聞の「時時刻刻」に現在の子供たちの運動能力の低下についての記事が掲載されていた。

9歳男子の体力は20年前の女子並みに体力が低下しているらしい。また最近では「運動音痴ビジネス」なるものが存在し、逆上がりや縄跳びを教えてくれる家庭教師までいるらしい。少し驚きだった。

テレビゲームなど屋内での楽しみが増加もあるのだろうが、そもそも今の子供たちは遊ぶ場所、体を思いっきり動かす場所がないのでは、と前々から思っていた。東京の事情はわからないが、大阪いるとき同じマンションの小学生は、近所に大きな公園や広場もなかったからか、マンションの廊下で鬼ごっこをしたり、駐車場でキャッチボールやサッカーをしたりしている姿を休日には何度も見かけた。彼ら彼女らなりに廊下を歩く他の住民や、駐車場にとめてある自動車に気を使ったりしているようで、こんなのところでしか遊ぶところがないのか、と気の毒に思っていた。

僕が子供ころは、広場や公園がたくさんあった。友達と野球やサッカーをしたり、かくれんぼや鬼ごっこをして走り回っていたものだった。時には野球をしていて民家の窓ガラスを割ってしまったりということもあったけど、暗くなるまで体を思いっきり動かす場所があった。

記事には、プロ野球やJクラブ主催のスクールや巡回指導も出ていた。また、民間スポーツジムでも、幼少期に身につけるべき動きを習得すべく、「遊び」の講座を開講するという。子供がお金を払って遊びを身につけるという感覚が、とても違和感を感じる。時代の変化と単に受け止めてしまってよいのだろうか。

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2006年5月 3日 (水曜日)

会社でフットサル

昨日は勤務終了後、会社のメンバーで飲み会、ではなく、フットサルでした。大崎の体育館のフットサルコートを借りて、夜20:30から。サッカー好きが集まった我が社、飲みに行くよりもサッカーをすることが好き、ということで、他の会社なら考えにくいイベント。もちろん、バイト君も、外注さんもいっしょに。

みんな上手でした。僕はみんなの足を引っ張ってばっかりでした。
みんな本当にサッカー大好きです。結局2時間の予定が、隣のコートでやっていたチームに誘われて1時間延長になったんだけど、終電に乗り遅れるかもしれない、といいつつもほとんどのメンバーが最後まで参加してた。

このサッカーやスポーツに対する情熱を仕事の方に生かしていきたい。
サッカーに関するWEB上のサービスなんかを考えたりしているわけだけど、そういうものを早く実現したいですね。

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2006年5月 1日 (月曜日)

スポーツが僕にくれたもの #1

どうして僕はこんなにスポーツが好きなのかって、何度か考えてみたことがあるけれど、もう一度考えてみようかなと思って、5回シリーズくらいで書いてみようと思う。

スポーツにいつ頃から夢中になっていたかと思い出してみたけれど、もう物心ついたときには野球に夢中になっていたと思う。僕がプロ野球を見出した頃は王さんがホームランの世界記録に挑戦していた頃だった。(ちなみに昭和47年生まれの僕に、長嶋さんの現役時代の記憶はない。)  独特の1本足打法で、世界でいちばんの記録を達成した王さんは憧れだった。

また当時は大阪に住んでいたのだが、父親が阪急ブレーブスファンだった影響で、僕も阪急を応援していた。3年連続日本一を達成した頃で、サブマリンの山田久志、世界の盗塁王福本豊を観に、よく西宮球場に行っていた。開幕戦などは毎年行っていたような気がする。足がそんなに速くなかったからか、福本が大好きで、写真を部屋に飾っていた。

父親の転勤で岡山に引っ越してから野球(ソフトボール)を始めた。新興住宅地で人数も少なかったからか、4年生くらいからレギュラーで試合に出さしてもらった。6年生のときにはキャプテンもさせてもらった。

日曜日は野球ばかりしていたが、少年ジャンプで連載されていた「キャプテン翼」が大ブレークしていた頃。学校の昼休みとかスポーツ少年団ではサッカーばかりしていた。一度岡山の田舎町に、ヤンマー(現セレッソ)のネルソン吉村という選手が、小学生相手に指導してくれたクリニックに参加したこともある。また小学校の卒業文集には、将来の夢として日産でプレイすることって書いた。野球もサッカーも好きだったけど、サッカーを本格的にする環境はなかった。

小学生の頃から体を動かすのが好きだった。またスポーツ選手のびっくりするようなプレイを見ることも好きだったし、両親が出場するソフトボール大会の応援に行くのも好きだった。あとは不純な動機?だけど、スポーツのできる男の子は女の子にモテてた。校内の球技大会なんて、本当に気合に入っていたよな。まだ幼くて何もできなかった頃は、スポーツで自分を表現することがすべてだったような気がする。

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