2007年3月29日 (木曜日)
2007年3月28日 (水曜日)
携帯電話でテレビ
お昼に入ったコーヒーショップで、となりの席に座っていたおじさん二人が携帯電話のテレビでセンバツを見て盛り上がっていた。上司が最近買い換えた携帯電話で、夜に放送されていたサッカーの五輪予選の試合のテレビ放送を少し見た。ともにAQUOSケータイってやつだが、本当にきれいに映るし、思ったより画面大きくサッカーを見るのであれば十分な画質、画面の大きさである。
テレビを携帯する時代か。
ますます家族団欒のシーンが減ってくるね。日曜の夜は家族でサザエさんなんてのはもうはるか昔の話。家族それぞれが自分の部屋に専用のテレビというのが当たり前な時代すら通り越して、家族は家にいなくてもそれぞれテレビを見ることのできる時代。
いいのか、悪いのか。
2007年3月25日 (日曜日)
フィギュアスケートを見て思う
フィギュアスケートの世界選手権女子シングルで安藤美姫が優勝。優勝を期待されていた浅田真央は2位となった。男子の高橋大輔も男子シングルで見事2位になり、日本のフィギュアスケートのレベルの高さを改めて証明した。
不愉快なのが、マスコミの煽り方。
安藤美姫が全日本選手権を制した03、04年、マスコミはもうすごいミキティフィーバーだった。昨年浅田真央が出てくると今度は真央ちゃんフィーバーだ。今シーズンも浅田真央を中心にフィギュアスケートは盛りあげられた。
今回の世界選手権でも、ショートプログラムで5位に終わった浅田真央が、フリーですばらしい演技を見せ1位になった時点では、マスコミが描いた理想のストーリーができていたはず。
ところがどっこい、最終演技者の安藤が見事に逆転優勝。テレビ放送をしていたフジテレビも、少々戸惑ったんじゃないだろうか。
安藤美姫、浅田真央もまだ20歳にも満たない女の子。過剰な取り上げ方をして彼女たち本来の演技に支障がでるようなことはやめてもらいたいと思う。純粋にスケーター、アスリートとしての2人を追いかけてもらいたい。ドラマは特にいらない。この2人の競技上の争いはバンクーバー五輪まで続くはず。リンクの上で彼女たちを映すだけでも十分にドラマになると思う。
2007年3月24日 (土曜日)
フットサルをライブで観ながら思う
駒沢体育館で開催されていたフットサル地域チャンピオンズリーグのグループリーグ2日目をライブ観戦しに行った。
フットサルは9月から全国リーグ、「Fリーグ」が始まる。しかし先月のPUMAカップ、そして今日の地域チャンピオンズリーグを見ていると、Fリーグの先行きに少々不安にならざるをえなかった。
この大会は東京での1箇所集中開催という形だが、観客席は半分くらい埋めたにとどまった。PUMAカップは有料にも関わらず駒沢体育館を満員にして見せたが、今回は観るスポーツとしての地位も相対的に高い関東、首都圏でも観客席を埋めきることはできなかった。
Fリーグは大半をホームアンドアウェイ方式をとる。関東以外の地区でこれ以上の観客を集めることができるだろうか。3,000人程度の観客を動員できる体育館を持つ必要性を各チームに求められたが、この体育館を満員にできる、どころか半分埋めることのできる集客力をもつチームがどれだけあるのか、非常に疑問である。
もうひとつはチームの体制。関東のチームや唯一のプロチーム、大洋薬品/BANFFはともかく、関西の雄、MAG'Sですら、現在の監督は選手。コーチやトレーナーなどのスタッフは充実しているのだろうか。試合中のベンチを見る限りそういった人材を見ることはできなかった。どこのクラブもともかく大会や試合など、競技面での日程を何とかこなしていく程度の体制しかもっていないような気がしてならない。
フットサルは確かに現在人気上昇中のスポーツだ。ただこの人気は「するスポーツ」として、その地位を固めてきた。その反面、フットサルを観戦するという習慣はまだまだ日本人には浸透していない。あるスポーツのリーグを立ち上げる以上、1年、2年だけの開催は許されず、半永久的に継続されていくことが前提になる。フットサルに関連する事業もしている会社の社員としては、盛り上がっていくことを当然期待するのだが、興行として果たして成功するのかはとても不安を感じるばかりだ。
2007年3月21日 (水曜日)
【メモ】知的複眼思考法
7年くらい前に買った本をふと読み返してみた。書評というよりは読書メモとして。
1.問いの立て方と展開の仕方
・「なぜ」という問いからの展開
因果関係を確定するには3つの原則がある。
擬似相関(原因だと思われている要因が、実はあまり重要でない場合)に着目
問いの展開
問いのブレークダウン→「なぜ」と「どうなっているか」の組合せで問いを展開
問いの分解には、どんな要因の影響があるのかの見当をつけながら分解
・問いを一般化・抽象化する
2つ以上のケースを比較し、両者共通の特徴を概念としてつかみ出し、概念レベルで原因と結果の関係を表現しなおす
上記原因結果を他のケースにもあてはめて確認する
2.関係論的なものの見方
・ものごとの二面性(多面性)に注目
目の前の問題(事象)はどのような要因(要素)の複合かを考える
要因間の関係を考える(相互作用の抽出)
要因の複合のなかで、問題としている事柄の位置づけを考える(全体の文脈の位置づけ)
・「問題を問う」ことを問う
「なぜそれが問題なのか」に着目することによって、ある問題を問題とみなす視点は何かをとらえる
同じような事柄でも、問題にする視点によって問題のとらえ方や問題の仕方が違ってくることに注目
問題の文脈に目を向ける方法として
・誰が得をし、誰が損をするのか
・当該の問題が解決したらどうなるか、を考える。
2007年3月20日 (火曜日)
電車でのマナーについての考察
昨日だったか、仕事帰りの電車は混んでいた。大江戸線の車両は他の線の車両と比べても通路の幅が狭く、両サイドに人がつり革を持って立てば、それはもう背中どうしがあたるほど窮屈だ。
僕もつり革を持って立っていたわけだが、ある駅から乗ってきて僕の後ろ側に、反対サイドで同じくつり革を持って立ったヤツが、リュックを背負っていた。混雑していて、かつ車両の狭い大江戸線、ヤツのリュックが僕の背中にドシドシ当たるわけだ。こういう経験をした人は多いと思う。
リュック背負っているヤツはどんな神経をしてるんだろう。こっちの背中に当たっていることが気づいていないんだろうか。僕があの混雑な状態でリュックを背負っていたなら、背中からおろして手に持つか、網棚にあげる。
そういえば東京の地下鉄の車内にはリュックは背負うなというマナーの広告なり、案内がない。大阪の電車の車内にはそんな広告や案内があったのを覚えている。今日、ふとなぜ東京の電車には、この広告がないのかと考えた。
考察1
大阪にマナー広告があるのは、大阪人はマナーが悪いと自他ともに認められており、その反動で自らマナーを改めさせようという自浄作用があり、鉄道会社にもその心構えがある。
考察2
東京では以前リュックに対するマナー広告/案内はあったが、これらを掲示しても誰も守らないほど、満員電車の中でリュックを背負うようになり、案内を掲示する効果が見られないので、掲示するのをやめた。
僕が検討した結果は1かな。
大阪(関西)人はマナーがなっていないと、大阪にいるときにも幾度となく耳にしてきたが、東京にもマナーの悪い人はたくさんいるよ。正直びっくりするほどのこともこの1年間で何度も見た。どっちもどっちやね。
【追記】
東京メトロのマナーポスターというので、「大きな荷物を前に抱えて持とう」というのをあるのを見つけた。
http://scope.metrocf.or.jp/manner-poster/kurifodo_08_b.html
都営線では見かけたことがない。


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